星野 明宏インタビュー

小鹿の丘から奇跡を!!

#2   星野 明宏 
静岡聖光学院中高等学校教諭

VISIONARY STORY
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Prologue -「既存の価値観をぶっ壊せ」

年収1000万円を超える電通マンから、スポーツ教育を志し静岡の私立高校の教諭へ。
彼が選んだのは、人数すら揃わない、練習は1日1時間しかできない、スポーツ推薦もない、そんな無名の弱小ラグビー部。部訓「成し遂げる」を掲げ、就任わずか3年で創部以来初の花園(全国大会)へ導く。逆境とも言える選択を経て確かな実績を残した彼のストーリー、そして彼が今の若い世代に伝えたいことは何なのか。

interview / Junpei Ota, Jun Tatesawa, Kazuhisa Fujita
text / Natsumi Nakamura
photo / Kazuhisa Fujita

Chapter 1 - 不器用なラガーマンから、業界トップ会社の社員へ

星野 明宏が語る「不器用なラガーマンから、業界トップ会社の社員へ」

ラグビーの魅力はシンプルなところ。ぶつかったり、走ったり。でも、いろんな人間がいるところもいい。太ってるやつ、ガリガリのやつ、チビ、ノッポ、足が速いやつ、根性だけあって運動神経ないやつ、色んなタイプの人間がいる。僕は小さいから、ちょこちょこ走り回って根性のタックルをするタイプだった。ただ不器用で技術がなかったから今でも見本は見せないけど(笑)。いつかはラグビーを教えたいなと思って、大学で教職は取得しておいた。
当時は就職氷河期だったから会社は色々受けたけど、ぜんぶ業界トップの企業を狙った。今までの自分が中途半端だったから、業界トップの文化に触れることが必要だって感じてたんだよね。あとはスポーツマネジメントを仕事にしたかった。教育も生涯のうちでやりたいとは思ってたけど、もし20代で教師の道に進んだら、ただ熱いだけですぐに底が見える先生になっちゃうのはよく分かってた。電通か博報堂が駄目だったら、二年くらい海外に留学したと思う。たまたま電通に内定を頂いたから、その計画は立ち消えたけどね(笑)。

Chapter 2 - ゼロから積み上げること、電通名古屋支社での奮闘。

星野 明宏が語る「ゼロから積み上げること、電通名古屋支社での奮闘。」

20代は現場でバンバン走り続けたかったから、当時、東京本社が新入社員にとって圧倒的な人気であったが、あえて名古屋支社を希望した。本社と違ってすぐ現場を任せてもらえるのってことが理由だったけど、周りには変なヤツだって言われてた。最初はテレビ担当で、とにかくゼロからどれだけ積み上げられるかを考えて仕事をしてた。
3年目に、スポーツビジネスの企画開発担当に任命された。女子の極真空手のプロデュース、弱小ボクシングジムの取材なんかをやってきた。象徴的な仕事は「みちのくプロレス」。地元でしかやってないご当地プロレスを、名古屋テレビの開局40周年イベントで呼ぼうって企画。一番初めにしたのは、104で「みちのくプロレス」の番号を調べて、直接電話(笑)。自分がこの人に会いたい!と思って行くと、相手はすごく歓迎してくれる。その雰囲気は必ず伝わる。だから直接話を聞くことにすごくこだわってる。この人すごい!と思ったら直接アポを取ってバンバン会いに行く。やっぱりどの企画も既存の価値観からするとちょっと変わった仕掛けをしてきたと思う。

Chapter 3 - 年収1000万円から、0円生活。

星野 明宏が語る「年収1000万円から、0円生活。」

スポーツマネジメントではある程度走り続けたし結果もだせた。電通では30歳くらいで管理職になると現場の仕事じゃなくなる。そんなときもう一つの夢だった"教育"のことを思うようになった。ビジネスでの教育よりも、もっとリアルファイトな所で戦いたいって。退社を決断してオーストラリアで2週間コーチングの研修を受けて、大学院(筑波大学)に行くことにした。年収1000万からゼロへ(笑)。でもそれに負けてたら自分じゃないなって想いが強かった。
部員も足りない、環境も整ってない聖光学院は、就職先の選択肢に入ってなかった。トップリーグや大学、名門高校からのオファーもあった。「君が強くしてくれるんなら幾らでも金を出す。その代り2、3年で強く出来るか?」なんて言われたりした。「そういうことやりたいんじゃないんですよね」って答えた時点で、内定はなくなったけど(笑)。聖光学院に決めたのは、ゼロからスタートできる、やってやる!って思ったから。モチベーションの高い自分が行って、そこで何か作り上げることができるんじゃないか、皆にも良い影響が与えられるんじゃないかって。

Chapter 4 - 1日1時間しか練習時間がない!逆転の発想で変える。

星野 明宏が語る「1日1時間しか練習時間がない!逆転の発想で変える。」

まず部員に教えたのは、逆転の発想。聖光ラグビー部は1日1時間しか練習時間がない。でもその分、考える時間がある。1時間しか練習できないんなら、その練習時間でヘトヘトになる方法を考える。 聖光は、東大に行く子もいれば早稲田やMARCHに行く子もいるが、そこまで進学への意識が高くない子もいる。けど逆にそれが良くて、色んな子が混在しているからこそ色んな事がある。それがこの学校の売りだと思う。公立校みたいにすべて輪切りになってる、っていうのがない。
この生徒達で花園に行くイメージははっきり見えていた。映画みたいに弱いチームがいきなり強くなるなんてことは絶対ないが、一個ずつ階段を上がっていって、夢が目標になり、目標があって初めて到達した。正直あと1、2年はかかると思ってたけど、監督就任3年で花園出場できた。最初は生徒自身が半信半疑だったし、イメージがわいてなかった。でも、生徒が本気になり始めた瞬間は見ててわかる。その瞬間が最高で、そのために教えてるって言ってもいいくらい。試合に負けた翌日、スタミナ不足の子が必死に外を走ってる姿を見たりすると、ぐっとくる。

Chapter 5 - 既存の価値観をぶっ壊せ!

星野 明宏が語る「既存の価値観をぶっ壊せ!」

ぶれない部分を持ってる人間は強いと思う。今自分がぶれないでいられるのは母の死を目の当たりにした経験があるからこそだと思う。自分が死んだ時に、10人でいいから心底自分のために涙してくれる人に来てほしい。心から自分のために泣いてくれる人間と、とことん付き合うことをどれだけ積み重ねられるかが自分の人生の真価。僕は究極のところをそこに持っていく。そう考えると、実は職業なんて何でもいいんだと気が楽になる。この仕事じゃなきゃ夢がかなえられない、この仕事じゃなきゃ地位名声が得られないと思うから皆くたびれてしまうのであって、実はそうじゃない。
そんな自分のぶれない部分を見つけて、今の若い世代にはもっともっと馬鹿な大人になってほしい。自分たちより上の世代をダメな世代と思うくらいの気持ちで、図々しく既存の価値観をぶっ壊してほしい。ただ、そこをwin-winでやってくれたら嬉しい。彼らが老人になった時に、若い奴らに任せて良かったと思えるような仕組みを作ってほしい。そんな心作りは僕たち教師の仕事。上の世代を超えて、日本を変えることができて、その日本が世界を変える、これができる人材の礎を築くことが自分の使命。

Chapter 6 - 小鹿の丘から、「本当のジェントルマン」を。

星野 明宏が語る「小鹿の丘から、「本当のジェントルマン」を。」

本当の意味で文武両道を実現したい。もともと頭のいい生徒がラグビーで花園にいって、東大にも行くんじゃなくて、普通だったはずの子が、スポーツ、集団生活、学校生活を通じて人間力が高まったことで、勉強もできる、スポーツもできる、委員会で生徒会もできるようになった、そういう男をここから出していきたい。その前例を作って日本の教育界の価値観をぶっ壊したい。この1日1時間の練習で言い訳できない環境ならそれができる。最終的には日本の教育界を変えて、日本を変えて、本当のジェントルマンを作って世界に通用する日本をもう一回ここから発信させたい。
まずは1月7日の花園で優勝し、なおかつ部員全員が志望校に合格。ここでならその奇跡を起こせると思う。逆境だからこそメッセージ性も強いし自信にもなる。今でも花園出場は果たしたが、全国ではまだまだ。そのリアルファイトの部分を今楽しませてもらっている。今年の花園でまず「1勝」の壁を破りたい。あと、日本一小さいチームだから伝えられるメッセージ、他人に勇気を感じてもらえるチームにしたい。ただの1勝ではなくて感動を与えられる1勝にしたい。

arrangement / osica MAGAZINE

【プロフィール】
name /星野 明宏
birth / 1973年
career / 静岡聖光学院中高等学校教諭
年収1000万を超える電通マンから、スポーツ教育を志し静岡の私立高校教諭へ。監督就任わずか3年で弱小ラグビー部を花園へ導く。「成し遂げる」を信念に逆境を乗り越え実績を残した彼が、今の若い世代に伝えたいことは?
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