津田 栄インタビュー | Visionary Story | あなたのメンターに出会える!
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日本危機管理学総研 理事 津田 栄

visionary story 2011.08.08

 
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日本危機管理学総研 理事 津田 栄インタビュー

「日本を変える!」

世の中に違和感を感じ、日本を変えなくちゃいけない、そんな思いを持ち続けた青年は、国造りを志し東京大学 法学部へ入学。 生きる糧を得るために、証券会社へ勤め投資顧問まで勤め上げ、外資系銀行で活躍するも、政治への熱い想いはブレることはなかった。 成功といえる背景を捨て、50代で特許申請システムへの政策提言を行い、初めて政治活動としての仕事を成し遂げた。 今では、内閣府認定NPO法人日本危機管理総研 理事として、20代、30代の若者と共に地方の活性化を通じて日本を良くしようと真向勝負している。 長い間金融業に携わった経験を生かし、経済評論家として活動しながらも、還暦を間近に控え、本気で日本を変えようと、若い世代の育成に力を注ぐ。 その情熱の源泉と若い世代に託す想いとは?

反骨精神からすべてが始まった。

僕らの時代は高度成長期の真っただ中で、経済も活発で日本中に元気があった。けれど、地方に住んでたから町から人が減っていくし、商店街は少しずつ寂れていくし、当時高校生ながらに本当に日本は良い方向に向かっているのかなって疑問がありました。小さい頃から物事に「なんで?」と疑問を持つタイプで、学校や社会の常識に色々疑問を感じていたんですね。
元々政治に興味があったから、世の中が良くなるにはやっぱり政治が変わらなきゃってどこかで感じていたんだね。だから、進路も法学部志望、どうせなら東京大学っていう気持ちが強かったかな。理系だったから高校の先生は大反対したけど、日本を変えるっていう信念は絶対にブレなかったから浪人してでも合格したかったんだ。
僕が東大に合格したら後輩も東大の文系にくるようになったよ。つまり今までは理数科って理由だけで努力すれば入れる生徒を押さえつけていたんだよね。規則は大事だけど、上から与えられるものが正しいかどうかは分からない。当たり前の事が「ほんとうにそうか?」をいつも考えて、違うと思ったら変えないと!国も同じだと思うんだよ。浪人中も社会に入ってからも、そういう、いわゆる反骨精神っていうのを持ち続けてましたね。

が語る「反骨精神からすべてが始まった。」
が語る「成功を捨て、夢の扉を開く。」

成功を捨て、夢の扉を開く。

大学生の時にバイトを電通でしてたから、就活でもまず電通を受けたんだけど落ちちゃった(笑)。あてが外れて困ってたら大和證券の友達が誘ってくれたんだよね。でも実は金融に興味があった訳じゃなくて、将来の政治活動のためにも、言い方は悪いけど証券会社で稼げる方法を学びたいと思ったんです。
大和證券でも最初は希望の部署には行けなかった。それでも学べる事は全力で吸収して、そのうち実績もついてきたんだ。会社からも良い評価をもらえて投資顧問にもなれたけど、ある時社長の方針に反対したんですよ。僕と同じ考えの人は他にもいたのに、社長の前では皆意見を出せない。それってお客さんのためにならないよね。社長の責任を担保に指示に従ったけど、それが大問題になってね。結局指示は間違ってて、お客さんから信頼を大きく失うし、社長からは自らの約束を破るどころか部下の責任にしていてね。その時に「この会社はもうダメだな」ってね。
僕は自分の意思を明確にして得られた結果は、どんなものであれ受け入れる覚悟をもってから意見を言う。人生はこの繰り返しだと思う。まぁ、仕事の出来には自信があったから辞める覚悟もあった。それで本来の夢に挑戦しようと考えたんです。

アナリストから転進、特許精度を変えた男。

政治活動に踏み切った2001年は、大手金融機関の倒産や、不良債権問題で時代が転換期を迎えた頃でした。その時に今の経済危機はやっぱり政治がおかしいからだと思ったんですね。
まずは政治を学ぶために一新塾に参加しました。ある時、一新塾 で政策を考えて政治家に提言する機会があったんです。それで当時の仲間達と特許制度を変えようと徹底的に調べ、議論し、新たな特許申請システムを構築して、関係各所の大臣に提案しに行ったんです。そしたらある日、日経新聞に大きな見出しで「特許制度が大きく変わる」って出てる。あーこれ僕たちの考えたやつじゃん!って盛りあがった。非常に嬉しかったし、これはいける!僕にも日本を変えられるんだ!っていう自信になった。これが政治に関わった最初の仕事で、ようやく夢の第一歩を踏み出した。それからは、経済評論家として村上龍さんのメルマガや多くの雑誌でお仕事させて頂いたりしてますが、今でも多くの勉強会で政策を作り、私たちが良いと考える政策を提言し続けています。
初めて政治を志してから、実際に携わるまでずいぶん時間がかかったように見えるけど、人生の1コマ1コマに無駄はないんですよ。学ぶために動くんじゃなくて、それぞれ別のステージでの学びや挑戦が、振り返ると全部自分の目標を達成するためにあったんだなって思います。

が語る「アナリストから転進、特許精度を変えた男。」
が語る「日本は若者が変える!」

日本は若者が変える!

良い政治ってのは良い政策があって出来る。だけど、政策は何か問題がないと出来ないもので、問題がなければそんなものやらなくていいし、政府なんて無くていいよね。だから、政治は問題を解決する為にあるし、その問題に対する政策を実行して、国民の利益になって初めて政治が機能してると言える。今の政府は真逆の事をしているから、今は政治が機能していないんだよ。
何とかしなくてはいけないのだけど、出来る事は僕としては限られているし歳もある。政策は勿論一人で考える訳ではないんだけど、大勢が集まるとどこかで自分の利益を取る人が出てきてしまうんだ。そういう考えがどっかにある人がいると、結局根っこがダメになってしまう。
そんな中で出来た政策って、結果的には彼らにとって良い物でしかないんだよね。大人達はどうしても自分の利益ってのを考えがちなんです。だから、僕が若者と活動しているのは若い連中を育てて、利害の枠を外した仲間で議論する事で、本当の意味での「良い政策、良い政治」が出来ると信じている。そんな若者が増えて言ったら、20年後の日本は劇的に良い方向に変わるんじゃないかな。彼らが更に下を育てれば、日本は変わらざるを得ないし、そんな将来を考えるとワクワクしてきちゃうよね(笑)

ブレない夢に向かって常に挑戦!

君たちの世代は草食系とか呼ばれているけど、僕はただ眠っているだけだと思う。草食系って型にはまっているだけで、その型を外してあげたらどこかで変わってくると思う。例え上の世代が若い人たちを否定的に言ってたとしても、絶対に変わってほしいと思う。若い人こそこれから世の中を変えていくことができる。今の僕らの世代に期待されても時代に適応できないよ。だから若い人たちには、変化に適応して物事を柔軟に動かしてほしい。

だから常に人が言うことを正しいと思わないで、どうして?と考えてほしい。「当然」のことを、どうしてそうなのかな、それはおかしいんじゃないかな、本当に合理的なのかな、って考えていると、チャンスが生まれてきますよ。

そして夢を持ったときに、不可能だとか、あきらめることは絶対にしちゃいけない。いつも夢は追いかけてブレないように。もちろん達成できないものもあるけど、悲観することはないですよ。達成できなくても学ぶことはありますから、常に挑戦してほしいんです。

が語る「ブレない夢に向かって常に挑戦!」
が語る「若者と新しい時代、世界を作る!」

若者と新しい時代、世界を作る!

いま、皆さんみたいな若さを取り戻すためにも、僕ももっと大きなことをしていかないとね。僕にもまだまだ夢はある。この10年のあいだにどれだけの若い人を育てられて、大きな時代を作るものとして育てられるか。かなり難しいんだけどね。

NPO法人も20代30代が主体になって、地方活性化を目指して動いてます。日本の構造、政治を変えていかないと。それが若い人たちの力を発揮する世界を作ることになる。地方が変わればもっと世の中は変わるんじゃないかな。若さを活かすためにも、もっと地方で活躍できるようにしてあげたいですね。

だから僕の野望は、新しい世界にいってみること。新しい世界、新しい時代、新しいものにチャレンジできる社会に行きたい。それをやるには、政治を変えて日本を変えて、若い人たちと一緒になってそういう日本、そういう時代を作りたいですね。日本にいてよかったって思えるように。誇りをもって、独善的にならずに、主張するべきところは主張して、楽しみながら世界と対等に渡り歩けるように。

挑戦することでいろんなものが見えてくると僕は思ってるんですよ。