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映像監督 小島 淳平

visionary story 2012.01.22

 
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映像監督 小島 淳平インタビュー

野望、継続中。

「野望、継続中。それもおかしな話ですが(笑)」と、インタビュー冒頭小島は口火を切った。現在38歳。25歳からCM業界の第一線で活躍し、映像監督としてアジア・パシフィック広告祭(アド・フェスト)でブロンズを獲得するなど、幾つもの広告賞に名を連ねてきた彼の野望は、その形を変えながらも燃え続けているようだ。2004年に同世代の同業種のライバルとともに立ち上げた映像ディレクター集団「THE DIRECTORS GUILD」では、後進育成機関として2006年に「THE DIRECTORS FARM」を設立。ディレクターを目指す新鋭を演出助手として採用することで、新しいプロフェッショナルの輪を広げ続けている。そんな小島を動かす原動力に迫る。

WILLCOMの「だれとでも定額」やグリコの「ポッキー」など、その商品名を聞けば、誰もが思わず頭に描いてしまうテレビCMのシーン。それらのCMを視聴者の心に刻みつける細やかな演出や、全体のディレクションを行うのが映像監督、小島淳平の仕事だ。

「80歳になっても気になっているくらいCMが好きだと思う」という小島がCM制作の可能性に惹きつけられたのは、高校生の頃だという。それから美術大学へ進み、制作会社を経て2004年にディレクター集団、THE DIRECTORS GUILDを設立。現在は第一線として活躍し続ける一方で、THE DIRECTORS FARMでの後進育成にも意欲を燃やしている。
人生のワンシーンを切り取り、街角のワンシーンに感動を生み出し、ときには笑いや気付きを与え、数十秒という時間軸の中で視聴者の心をがっちりと引きとめるテレビCM。「見たことのないものを作りたい、人を驚かせたい、エンターテイメントしたい」という気持ちを持ち続け、テレビCMという形にパッケージしていく小島の情熱とその手腕は、何によって生み出されてきたのだろうか。

その人生を振り返っていただくことで、今が夢の始まりである若者に、またはその若者を育てている中堅のあなたに、夢なんて言葉を忘れてしまった誰かにも、そのエネルギーが届けばと願う。

が語る「」
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―野望、継続中。」ということですが、野望についてお伺いする前に、小島さんが今そう考えられている背景から聞かせてください。テレビCMという世界に足を踏み入れたきっかけは?
高校のときに広告をやろうというのは決めていて、ただそのときはまだ単純に「肩書きとしてなりたい」みたいな感じで。大貫卓也さんというすごく面白い作品を作っている人がいることを知り、彼の作品に感化されたところがあって。自分がかっこいいと純粋に感じたものが、自分にマッチするスピードで世の中に出ていくことを目の当たりにしたんです。
―漠然とCM関係に進みたいと思ったときに、まずどのような行動をとられたのですか?
美大に進みました。まず3年間で就職、仕事に対して向き合いましたね。もちろん遊んでもいましたが、遊びにしても常に少しのエンターテイメントを考えて生み出すサイクルを繰り返していたように思います。
―卒業後は、プロダクションからキャリアをスタートさせていますね。
「CMプランナーになりたい」と単純に思っていたものが、世の中を知って仕組みを知って、自分がなりたいものが「演出家」だというのが分かったのが25歳。「調べておけよ」いう感じですが(笑)。プロダクションを転職する際のフリー期間に制作した作品が賞をとったこともあり、その頃からTHE DIRECTORS GUILDを作ろうという野望が生まれていたように思います。

―その後、2つ目の制作プロダクションを経て2004年にTHE DIRECTORS GUILDを設立されたわけですね。
もともと芳賀薫とは大学時代からデザイン集団を作ろうという話をしていて、組むなら彼だと決まっていました。「そういう感じの人生はいいよね」って。同時に、知り合いのカメラマンに紹介してもらったのが、細野(ひで晃)と柴田(大輔)です。彼らは同じように「もっとドキドキしたい、ワクワクしたい、化学反応したい」と思っていて。初めて会った日の帰り道から肩組んで歩いてしまうようなメンバーでした。
―2006年には、後進育成機関のTHE DIRECTORS FARMを設立されています。
ディレクターになるにはプロダクションしか道がなかったけれど、それに疑問を感じていて。カメラマンだったら、誰かの弟子に付いてそこから始める人はたくさんいるじゃないですか。演出家になりたいという若者をフリー畑で育てる、そして彼らが認められる。それが今の広告業界にない演出環境だったんです。そういった意味でも、野望継続中と言いました。自分が80歳になったときにもCMがあったら、縁側で将棋をさしながら「面白いCMやっているな、誰が作ったのかと思えばギルドだった」となればいいなって。たぶん、それくらいCMが好きだと思うんですよね。ブランドのようにずっと続くような仕組みや環境になることを願っています。それを実現するには、やはり継続が一番の力だと。

が語る「」
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―組織ではなく、個人的な制作スタンスとして「継続の力」を振り返ると、どのように感じますか?
「いいもの作った!」と思っても、それをまた新たな基準として、それ以上にいいものを作る。頂点を見たいのではなくて、「人を驚かせたい、エンターテイメントしたい」という気持ちを、形にするだけです。だから1つ1つの作品に対する気持ちは、何も変わっていないのかもしれない。「こんなCMがあったらいいのに」と思えるから作る。野望の種に水をあげる感じですね。種はたくさんあるから、どれを発芽させようかなって。
―「作りたい」と思い続けられる人は、少数だと思います。
もし自分がプロのランナーだったとしたら、ワールドレコードを目標にして記録を縮めようとしていくじゃないですか。自分にはそのワールドレコードが抜けないなんて、まだ分からない。でも、突然ワールドレコードはもらえないし、それを実現させるのは日々の積み重ねでしかないですよね。
―継続の過程にはたくさんの困難があったと思いますが、どのように乗り越えてきたのでしょうか?
一つは「忘れる」ですね。そして、次の仕事のためには「忘れないこと」。仕事の責任の中では、落ち込んでいる暇はない。だから目的を完遂するにはどうすればいいのかということだけを考える。でも終わった後に反省するかどうかは大事です。

―クリエイターとして、インスピレーションの源は何ですか? 作品を届ける一般の方の、どのような部分を観察しているのでしょうか?
ふとした、作っていないところ。作っていない表情とか会話とか。例えば恋愛中の高校生がケンカをしているシーンなど、リアルな世の中ですね。自分たちが作る物語の中に、そんなリアルを芝居で入れ込むと。
―普段から意識しているのですか?
観察しようとしているわけではないですが、結局見てしまいますね。「ケンカしているな。あれ、男が泣いている!?」とか。「男が泣くということはどういうことだろう、草食系が多いとは言われているけれど本当にそうなのか?」と常に考えて確かめている部分はあります。
―映像なども見るのですか?
昔はかなり見ていましたが、今は逆に邪魔することが多いので見ません。むしろ、世の中にある違和感を探しています。先日、空港でオリンピック選手みたいに筋肉隆盛でドレッドの外国人がいたんです。ヒップホップっぽいボディランゲージで会話をしていました。スタイルも動きも格好よくて、でもあたりはすごく静かで。実は彼らは耳が聞こえなかったんです。その二人の空気感に見とれてしまって、そのシーンは映画にもなるなと思ったくらい。彼らを「ずっと見ていたい」と思ったんです。こういう感動はコンテや屁理屈を積み上げても作れない。その感動を自分の中に一度入れておくと、それが具材になるんですよね。

が語る「」
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―THE DIRECTORS FARMではどんなプロフェッショナルを生み出していきたいのですか? その選考基準について教えてください。
会社の試験を受けることは、プロ野球選手が入団テストを受けることと同じです。だから「バットを振れない、球が投げられない」では無理ですよね。それなのに「球が投げられないけれど、野球が好きです」という第一段階が多いような気がしていて。万里の長城もピラミッドも、コツコツ作らないと完成しない。どうコツコツ積み上げていくかは、自分で考えることだと思います。筋トレなのか投球練習なのか、「コツコツの方法」を聞きたがる人が多いですが、遠回りだけれど自分で考えるしかないんですよ。
―小島さんは、現在大きな仕事をたくさん手掛けていますが、スタートはどのような仕事をどんな姿勢で取り組んできたのですか?
仮にサンプル映像を作りたいと思ったとしても1本1000万円以上かかる仕事なので、まずは300人いるディレクターの中で一人、「こいつにやらせよう」と思ってくれる人を見つける信頼関係や努力、チャンスが重要です。そして1個来た仕事を1.5倍、2倍、10倍にして良い作品を作っていく。大きな仕事を1回から9回までノーヒット、無得点で抑える試合だとすると、1イニング投げるだけの仕事だって手は抜けない。全力で投げる、に尽きると思います。

―小島さんの「野望」について教えてください。
今38歳ですが、野望の入り口は25歳。28歳から何かできそうだ、と思いはじめてから30歳でTHE DIRECTORS GUILDを立ち上げるまでのプロセスが、やっぱり野望という言葉に一番ピッタリときました。野望っていう言葉は結構暴力的というか、いい意味でとんがっているし、今の時代に必要な勢いを感じる気がします。若さが野望っていう言葉と合う気がしますね。自分の限界点をあまり評価せずにいけるところまでいけるだろうみたいな。「いくぞー!」というアイデンティティや思考が、野望だったと思います。
―それでは、今は野望のセカンドステージということでしょうか?
当時自分が持っていた野望、ビジョンを完遂するなら、5年、10年、いやもっとかかるかもしれない。新たな野望があるというよりは、継続している感じかな。「野望、継続中」というのもおかしな話ですけど。
―若い読者のために、その野望の内容を教えてもらえますか?
そう答えを簡単には……(笑)。内容を教えてしまうと一過性のものになってしまう気がして。
―まずは自分で考えてほしいということですか?
特にこの仕事は、そうですね。答えは無限にある。オレの答えはどうでもいいから「あ、なんかオッサンがまだ野望持っているんだ」というのが伝わればいい。「教えねーよ!けど、いっぱいある!!」って。

が語る「」