平岩 国泰インタビュー

アフタースクールを全国で!!

#10   平岩 国泰 
放課後NPOアフタースクール代表理事

VISIONARY STORY
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Prologue -みんなが喜ぶしくみをつくる。

「僕はこれを頑張ってるんだ、って人に胸を張って言えるような何かが、ずっとほしかったんですよね」と平岩はにこやかに語りはじめた。30歳で父となった瞬間から彼のエンジンは唸りを上げて回りはじめた。放課後の学校に市民先生を招きその知識や技を子どもに伝える『放課後プログラム』は、子どもの居場所を確保しつつ、生の体験を通して大人や社会の魅力を伝える画期的な取り組みだ。この活動は教育と子どもを取り巻く複雑な社会課題へのシンプルでクリアなひとつの解として、グッドデザイン賞、キッズ賞を受賞した。



終業のチャイムが鳴り、ランドセルを背負うのももどかしく一斉に校門を出てゆく子どもたち。今日は何をして遊ぼうか?空はまだ明るく、時間は濃密に、けれど飛ぶように過ぎていく。気がつけば夕暮れ、空腹を抱えて満ち足りた気持ちで家路につく。



私たちの世代が過ごした放課後の当たり前の情景が、いまは姿を変えている。急増する子どもを巻き込む凶悪事件、当然の中学受験。遊び場は減り、塾はお客様として子どもを迎え入れる。生の体験が圧倒的に不足した時代を過ごす子どもたちは、どんな大人になるのだろう。


そんな漠然と広がる不安感に一石を投じたのが放課後NPOアフタースクール代表、平岩国泰だ。


「さあ、午後3時です。あなたの子どもはどこにいますか?」
このキャッチコピーのもとアメリカの市民団体が立ち上げた放課後改革を参考に、放課後の学校に「市民先生」と呼ばれる、板前、大工、弁護士、マジシャン、カメラマンなど実に200種以上のプロフェッショナルな職業人を招き、その知識や技を活きた体験として子どもたちに伝える彼らの活動は、プログラムの魅力と必要性が認められて2008年、2009年とグッドデザイン賞を連続受賞している。


父として大人として、何ができるかを模索して動き続ける彼の活動は、暮れる日本の放課後に灯る窓明かりとなった。決して激しくはない、しかし消えることのない穏やかな平岩の情熱は、きっとあなたのたどり着く場所を照らしだすだろう。

interview / Ryota Sugawara
text / Natsumi Nakamura
photo / Noriyuki Nakajima

Chapter 1 - お団子に串が通る感覚。

平岩 国泰が語る「お団子に串が通る感覚。」

―放課後NPOアフタースクールを始めたきっかけは、お子さんが誕生なさったことだと伺いました。
娘の誕生日が契機でしたが、元をたどるともっと昔で。僕は自分が一生懸命になれるものをずーっと探していたんですよね。22〜30歳くらいまでかな。「このままでいいのかなぁ」っていうその時期特有の悩みを僕も抱えていたんです。
そんなとき大学の同級生、川上敬二郎記者からアメリカの放課後NPOの話を聞いて「あ、見つけた」って感じたんですよね。子どもを育てる危機感、自分の探していたもの、社会にあった違和感。そういうのにズドッと串が刺さった気がして。放課後NPOができたら、まず子どもたちが充実するでしょう?市民先生のやりがいにもなるし、保護者も学校も喜ぶ。安全が確保できて体験もできる。僕の大好きな一石二鳥、三鳥ができるって(笑)。
―その活動はグッドデザイン賞を受賞なさいました。どのような点が評価されたのでしょう?
審査員の方には、今の社会問題はひとつずつが「いったい、どうしたらいいんだ?」みたいなものばかりで、しかも複雑に絡み合っている。それに対して、放課後の学校に市民先生が来るっていう非常にシンプルでクリアだけど、いろんな問題に手が届いている解をだしたことがいいデザインなんだよ、と言って頂きました。なるほどそういうものか、と嬉しかったですね。

Chapter 2 - 初めの一歩は体当たり。

平岩 国泰が語る「初めの一歩は体当たり。」

―NPOを立ち上げて、まずどのようなアクションを起こしたのでしょう?
初めの一歩の踏み出しかたがわからなくて、とにかくいろんなビジネスコンテストに応募しました。惨敗でしたけど(笑)。
やっぱりビジネスモデルが問われる場では、マネタイズが課題になるんですよね。「会社が嫌だからこんなところに来てるんだろう」なんて厳しい言葉も戴きながら体当たりしたなかで、小額ですが世田谷区の助成金が取れたんです。初めから何かやるには少しばかりのお金はかかる。でもそれを持ち出しにすると続かないだろうな、と思っていたので、まずはそこからスタートしました。
―助成金の使い道は…?
それが・・・無駄遣いしちゃいました(笑)。 チラシをつくったんです、助成金の7割を使って。僕らのコンセプトは最初から今の放課後NPOと同じで、市民先生はすぐに見つかった。 次は活動の場所を借りようと学校に電話したんですよね。「アフタースクールをつくりました。素晴らしい活動なので、是非あなたの学校で導入してください!」って。ああ恥ずかしい(笑)。当然断られました。あたりまえですよね、でも当時は何も分かりませんでした。
そこでチラシ作戦です。両面カラーの立派なチラシを刷ってそれを学校に置いてもらいましたが、これも減らないんですよね、全然(笑)。困り果ててスーパーに貼ったり、怪しまれながら公園で手配りしたりしましたが、結局初回のアフタースクールは参加者ゼロで中止でした(笑)。

Chapter 3 - 水曜日は、放課後の日。

平岩 国泰が語る「水曜日は、放課後の日。」

―衝撃的なスタートですね。どのような経緯で活動が軌道に乗り始めたのでしょう?
ある日『地域の面倒をみてくれるおばちゃん』的な立場の民生委員の方に、放課後NPOのことをお話ししたんです。「いい活動ね、ちょっと子どもを集めてあげるわ」と言ってくださいました。
正直なところ、何をおっしゃる!僕らがあれだけやったのに一人も来てないんですよ!?なんて心持ちでお願いしたんですが…
たった一日で「4人くらい行くわよ〜」って(笑)。心底驚きましたね。チラシうん千枚よりも、現場の方の一言がどんなに影響するのかを体感しました。その後は参加してくれた子の保護者の方々の口コミで、少しずつ広がっていきましたね。
―初回の「中止」という事態を受けて、投げ出したくなったことは…?
やめようと思ったことは一度も無いんです。会社とは全然違う世界が、新鮮で面白くて。学校に断られたときも、もちろん大変でしたけど「こんなに断るんだ…」って好奇心が芽生えたりして。
助成金がもらえたとか、活動を評価されたっていう小さな成功体験もあったし、何より現場が楽しかった。子どもと市民先生が充実しいてる場の仕掛人になる、自分の動かした何かが形になって喜んでもらえるって、やっぱり嬉しいんですよね。
会社の休業日が水・日だったので、水曜日は放課後の日にしたんです。週の真ん中に楽しみができると一週間が楽しくなりますよね。

Chapter 4 - やるか、やらないかの差。

平岩 国泰が語る「やるか、やらないかの差。」

―放課後NPOを立ち上げた時は、まだ共働きのご家庭が今ほど多くなかったそうですね。会社員と両立してのスタートから7年後には、NPOの仕事に専念なさるようになりました。時代に先駆けての行動は勇気がいるものではありませんでしたか?
副代表の織畑ともよく話すんですが、こういう放課後のNPOなんてどこにでもある話で、すごく画期的なアイディアってわけでもないんですよね。誰しもが思いつくようなアイディアです。だからほんとにやるかやらないか、たったそれだけの差なんですよね。僕らに特別な能力があったわけじゃなくて、ただ単にみんなが思っていることをやってみた、っていう。
そして、どこかで誰かがフルタイムでやらなきゃいけない時がくるんですよね。パートタイムだと限界がでてくるし「想い」みたいな部分でも「片手間にやってるんでしょう?」って捉えられることもありました。だからNPO一本に絞ったときに「あなた本気なんだね」って言ってもらえる、熱意が伝わるメリットはありましたよね。
―平岩さんが転機を迎えた後、放課後への注目度がぐっと高まりましたね。
そのタイミングを織畑と僕がつかんで、いま必死でやっていますけど…
これからもう一段上れるかどうかは、ここからが勝負というか。
こういう仕組みがもっともっと広がってほしいんですよね。私立、公立、地域を問わずに全国で、世界中の放課後を共有したいと思っています。山は高いんですけどね。

Chapter 5 - 認知と効果の確立。

平岩 国泰が語る「認知と効果の確立。」

―放課後NPOが次へステップアップするための課題は何でしょうか?
アフタースクールの必要性を認識してもらうことに尽きますね。アフタースクールの概念は広がりはじめています。ということは社会のニーズはある。でも公立の学校で実施するには、行政に動いてもらう、税金を使う必要性を認識してもらわないといけないんです。
ここを確立しないと続かないんですよね。認知と効果の確立というか。
―先日は放課後NPO発祥の地であるアメリカを視察してアライアンスを結ばれました。
はい、少しでもこういう仕組みを広めたいですし、アフタースクールといえば僕たちって言ってもらいたいですしね。アメリカでは安全性と教育格差の是正という意味から既に社会のインフラとしてアフタースクールが機能していました。
―活動の範囲が広がるにつれて、担う役割や考えに変化はありましたか?
僕は何よりもアフタースクールを辞めたくないんですよね。何があっても続けられること、そしてどう発展させていくかということを考えるようになりました。
偉そうなことを言える規模じゃないですけど、特に法人化をして代表になってからは、自分が活動するだけじゃなくて、活動する人がいかに気持ちよく動けるか、そういう人を一人でも増やせるか、端的に言っちゃうとそういう人集め、資金集めがやっぱり仕事になっちゃう部分はありますよね。活動することはもちろん好きなんですけど、実際の役割は少し変わってきました。

Chapter 6 - 幅が広がることが、大人の楽しみ。

平岩 国泰が語る「幅が広がることが、大人の楽しみ。」

―役割が変わると少なからずジレンマを感じる局面もあると思います。
そうですね。ただ僕の場合は新しい世界を知るのが好きだったし、各場面で得るものはありました。何をやったって望まない付き合いや仕事は必ずあるけど、そんな時ちょっと背伸びしてなんとか超えてみると、次に同じことが起きたらもっと上手くできる状態になってる。成長っていうのは居心地が悪い状況で少し無理した後にやってくるんでしょうね。
―自分に負荷がかかるからこそ成長する、と。
環境によって自分の守備範囲を強引に広げられる時って、あるんですよね。1人で殻に閉じこもっていては決して得られない、動いてみて初めて広がる。そういうのを繰り返して人間の幅とか枠って広がってくんじゃないかな。それが大人になるってことだし、大人の楽しみなんだと思います。
年齢的には僕の体力のピークはもう過ぎている。でも10年前に戻りたいかというとそうじゃないんですよね。歳を重ねるごとに成長しているんだ、って60歳70歳になってもそう思っていたいなあ。
―自分の成長を実感するのはどのような時でしょう?
日々の生活。と言えたらカッコイイんでしょうけど(笑)。 例えば年末に1年間を振り返るような少し長いタームでみたときに、何月にはこんなことで悩んでたんだな、今ならこう解決できる、って感じることはありますね。周りからの評価じゃなくて、自分で自分を評価する機会は意識して持つようにしています。

Chapter 7 - こつこつと、積み上げる野望。

平岩 国泰が語る「こつこつと、積み上げる野望。」

―現代の若者は勇気欠乏症ともいわれます。チャレンジする人が減ったな、という肌感はありますか?
ありますね。失敗体験がすごく少ないから、一歩踏み出すのに怯えている印象があります。ハッピーエンドにたどり着かなくてはいけない、みたいな。でも今はいい企業に行くことが幸せに直結するとは限らない。じゃあ何が必要かというと、やっぱり「やりがい」みたいなものなんじゃないかな。それも社会貢献のような大規模なものでも、身近な人を幸せにするような小規模なものでもいい。大きな野望が必ずしも大きな成功を伴わなければいけないわけじゃないんですから。いろんなレベルの野望、成功、満足があっていいと思う。
Facebookでも、今日も楽しい、明日も楽しいって書いてる方もいるけど、現実はそんなに楽しいばかりじゃない。毎日がドラマなんじゃなくて、毎日やっていることそのものに価値があると思うんです。他人と無理して比べる必要もない。
―自分にとって何がやりがいであり、満足なのかを知ることが大切なのですね。
そうなんですよね。僕は30歳近くになって、やっと少し自分が解ってきました。社会に出て、いろんな人に会って、いろんなことをして「自分」が少しずつ浮き彫りになったんです。だからとにかくやってみること、たくさんの人と付き合うことですよね。そうすると「怖いな」ってイメージのネジが一本外れて、うまくいくことしか考えられないときがある。それがSteven JobsのいうStay foolishってことなのかな…なんてね(笑)。うまくいってもいかなくても、人生一歩ずつ、一生前に進むでいいんじゃないかな。

arrangement / osica MAGAZINE

【プロフィール】
name /平岩 国泰
birth / 1974年
career / 放課後NPOアフタースクール代表理事
娘が産まれたそのときから、歯車は回り始めた。教育と子どもを取り巻く複雑な社会問題を解決する一つの提案、放課後NPOアフタースクール。父として、大人として、子どもたちに優しく手をさしのべる平岩国泰の人となりと情熱の源泉を知る。
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