望みつづける。
goen°がある限り。

#14   森本千絵 goen°

VISIONARY STORY

クリスマスをつくりたい。

「クリスマスが大好きです。こども心としても好きなのと、作り手として嫉妬しています。世界中の誰もが、この人間のつくったファンタジーに巻き込まれ、歌や物語が沢山生まれている。このぐらいのことを作りたい。」(『en°木の実』展より)
森本千絵。クリエイターならその名を知らずに道を歩むことはない、日本が誇るトップアートディレクターだ。博報堂、博報堂クリエイティブ・ヴォックスを経て2007年に「出逢いを発明する。夢をカタチにし、人をつなげていく。」をテーマにgoen°を設立。数々の広告やアートワークを手がけ、50th ACC CM FESTIVAL特別賞「ベストアートディレクション賞」、第4回伊丹十三賞ほか数多の受賞をしている彼女だが、その仕事は回を重ねるごとに輝きを増していく。「世界の誰もが、それぞれの様式で祝う。大人も子どもも、お金持ちも貧乏人も。それくらい浸透するデザインをしたい」と語る彼女の目に映るものとは。

interview / Kazuhisa Fujita、Noriyuki Nakajima
text / Natsumi Nakamura
photo / sakatacamera

Chapter 1 - プロローグヒストリー

「Mr.Children」のジャケットや「組曲」のCM、「おおかみ子どもの雨と雪」の作中画。今の日本で彼女の作品を見ずに過ごす日はないといっても過言ではない。徹底的にこだわった、でもその緻密さが心地よく目と心に刻み込まれる作品の数々をつくり上げているのがアートディレクター森本千絵だ。

しかし彼女は「アートディレクター」の肩書きを嫌う。「アートディレクターって『作品の全体を整えるだけ』ってみられることがあるんです。でも私はそうじゃない。プロダクトのマインドを知って、企画を生んでプレゼンして環境つくって演出して。守って育てて生みだす出産みたいだよ」と語り、枠にとらわれない仕事をするために博報堂、博報堂クリエイティブ・ヴォックスを経て2007年にgoen°を設立した。

華々しい彼女のキャリアを綴ったメディアは数多くあるが、昇華された作品の根底に流れるイキモノとしての森本千絵は何をみて何を感じ、目指しているのだろうか。社名でもあるgoen°(ご縁)に導かれ、出会い、ヒトの力が及ばない奇跡のようなご縁を授かる準備を万端整えている彼女からのメッセージに、私たちは日々の生活の中で見過ごしているものの大きさに気づかされる。

もっと敏感に、もっとクリアに。まるで野生動物のように自らを研ぎ澄ませて世界と戯れる森本千絵の清冽なエネルギー。仕事もキャリアも一旦おいて、ひとりの人間としてそれを受け取ることができたとしたら、いつもの日々は一転、特別な日々になるだろう。

Chapter 2 - よりよいほうへ。

― 「アートディレクター」という肩書きを外したいと仰いましたが、なぜそう思われるのかを教えていただけますか?
私の場合は作品をつくることがまるで出産なんです。例えばCMなら企画を生んで、製品に関わる人達がどれだけそれを愛しているかを知って、プレゼンして撮影の環境をつくって演出して……その全部を見守る。でもアートディレクターは「全体をまとめて整えるだけ」と思われることがあるんです。人が一生懸命生きている姿が好きで、うっかり好きになると全部まるごと好きになって他人事じゃなくなる。自分事になるんです。それを「私の仕事はここまで」って職種のパーツで分けたりしたくないな、と思って。
あれもこれもやりたいし徹底的に関わりたい。だから肩書きはやめようかなって。
― その気持ちはどこからくるのでしょう?膨大なオファー全てを受けることは難しいですよね。
出会った関係をもっと良くしたい欲望が強いんです。一過性じゃなく人物でも商品でも、その仕事が世に広まることで少しでも「良くなる」影響を与えられると思ったら全力で受けます。予算がないものでも構わない。
そういう仕事が人の目で磨かれると、もっと大きなエネルギーになって出会いたかった次の仕事に繋がっていく。人や物事のもつエネルギーに対する勘には自信あるんです(笑)。
― 仕事に対する割り切り、というか「生活のために働く」という感覚はありますか?
そういう線はないですね。作るということをしないと生きてられない。自分の心が死んだり健康を害したら収入を含めて生活が難しくなると思う。心身全部で作っているんでしょうね(笑)。

Chapter 3 - 導かれ、導くつながり。

― 身体も心も使うことが、どんなふうに仕事に結びつくのでしょう?
頭であれこれ考えずに、心と身体を動かして訪れた出会いに一生懸命ついていくと、いろんなことが起こるんです。動物園で寝泊まりしたり、商店街の寄り合いでおじさん達に喝を入れたり(笑)。どこをどうしたらこうなった、とクリアにはならない。ご縁なんですよね。
― 社名goen°の由来ですね。
自分の起点になった言葉だし、何回も声に出すから魂に刻まれる。そうすると本当にご縁がやってくるんです。それに「ご」の濁音がノイズとして耳に残るでしょう?goen°の「°」もぱぴぷぺぽの「°」なんです。
目に留まる、引っかかる、気になるってそれだけで気持ちが入ると思うから。頭じゃなくて、耳とか目とか。身体が反応するんですよね。
― 巡り会えたご縁の中で、最近特に印象的だったのはどんなことでしょう?
毎日が印象に残るから選びにくいけど(笑)。つい最近だと旅先で出会った失恋ほやほやの女性かな。話し込んで意気投合して、いつの日か一緒にカフェを開きます。リアルfacebookですね、ほんとに。あの時の出会いがこうやって繋がっていくのが面白くてしかたない。流れで出会うか、意識して出会うかの差は大きいんです。「この人は」って出会いを意識していたら繋がっていくんです。必ず何かには繋がる。努力なの。出会いの数自体はみんなそんなに変わらないけど「これはいつか繋がる」と意識していたら、同じ出会いでも進む先が変わるんです。

Chapter 4 - ノイズが持つ記憶。

― 「顔を合わせただけの人」を出会いと考える、それくらい日々の場面を意識すると日常がまるで違って見えてきますね。
人に対してだけじゃなく、無関心ほど殺意的でひどいことは無いと思います。「無関心な状態」は楽ですよね。TVCMとか広告とか関心の無いものは省いて、自分が欲しい情報にスマートに到達する。でもそうすると目的以外のものに出会うチャンスがない。例えば辞書だって目的の言葉にたどり着くまでにふれる紙の感触、めくる音、匂い、そういうノイズが身体に記憶されてふとした時に思い出すものってたくさんあるのに。ご飯も家族や人とも一緒に食べなくなってきているでしょう?twitterとかfacebookを見ながら一人で食べて、思考の中で会った気になって人間関係に疲れてる。そういう生活は人間のカタチを変えていくんじゃないかな。親指だけ発達して身体がぺらぺらな生命体に。
― 敏感になることで自分が傷つく機会が増えることもあると思います。そういう恐れは無いのでしょうか?千絵さんが考える人間らしい生き方とはどのようなものでしょう。
私ケガだらけですよ、心も、身体も(笑)。でもそのぶんありがたい思いや大きな成功体験を頂いています。摩擦こそが生きている心地だと思う。面倒臭いことや嫌なこと、そういう摩擦があるから「嬉しい」とか「楽しい」がクリアになるんです。頭で考えるだけじゃなくてちゃんと身体を使って感じながら生きてほしいな。

Chapter 5 - つくるということ。

― アンテナを張り巡らせて感度をあげる。そこで得たものを作品に昇華させていく中で、アイディアの源になるものはありますか?
例えば組曲の仕事は、音からはじまりました。15曲くらいのアルバムをつくって、スタッフに配って、移動中はずーっとそれを聞きながら景色をみて切り取っていく。仕事の数ぶん、全部あります。だからそれぞれの作品の底にはそのアルバムを通した一定の「気分」みたいなものが流れていると思います。
― プロジェクトの中で過酷さを感じるのはどのような時でしょう?。
作品に対して「おりこうさん」な自分と「荒っぽい」自分が同居しているんです。自分で自分を否定して、それを受け入れて覆せるくらいの作品でないと世に出せない。この部分はものすごくシビアです。自分をギリギリまで追い詰めるから満身創痍になりますね。低い評価を頂いた時は素直に「実力が足りませんでした」って言える、余す力がないくらい全力でやります。だから仕事を重ねる度にどんどん学びを重ねたモノになっていると思うし20年後はもっと良くなっていると思う。
― 反対に、楽しいこと、喜びを感じることは?
嬉しかった記憶は作品そのものじゃなくて作る過程にあるんです。普通の生活のふとしたことに、驚くようなこととか小さな奇跡がたくさんある。でもそれは、努力して意識しているから気づきやすいのかもしれないですね。

Chapter 6 - 人がもともと持つチカラ。

― 千絵さんの野望に「望みつづける」とあります。奇跡やご縁に必ず出会えると信じている、強いメッセージを感じます。
奇跡とかご縁って人間の力を超えてるんです。撮影中にベストのタイミングで神様みたいな光が入る。望んだ以上に素晴らしい風が吹く。ご縁がどんどん繋がってく。そういうアンコントローラブルなものは絶対にあって、限界まで詰めて絶対的にコントロールできる部分とできない部分を溶け合わせて仕事をするのが大好き。そのためにいつでも自分をクリアな状態にしていきたいんです。
― クリアな状態とは?
私「人間はもともと元気だ」と思ってて。元気って「元」の「気」って書くでしょ。元々の気に戻るために気持ちを溜めない、我慢しない。嬉しい時は全力で喜ぶし、落ち込むときはとことん落ち込みきるんです。気持ちを誤魔化して、無理をしないで。こどもとか動物はそうでしょう?人間は社会的な動物だから節度は守りますけど(笑)。本能に嘘はつかないようにしています。時間がかかることもあるけど、でも時間だってひとつの基準でしか無い。細胞もDNAもみんな違うのに1年経ったら1才歳をとるってよく考えたら変な話で。自分の心と身体に向き合って、感じる力を磨き続けて、いつでも奇跡をみつけて受け取る準備は怠らないようにしたいですね。

Chapter 7 - 気持ちと身体の関係性。

― 今まで出会って繋がった人は魅力的な方ばかりだと思います。心が惹かれる共通点はありますか?
見た目もいい人(笑)。本当に、私の友達はみんな美人だし、かっこいいんです。「美形だ」とか「若い」とかって意味じゃなくて。極論だけど人は見た目だと思っています。よく笑う人は笑顔の筋肉が発達するし、しゃきっとした人は姿勢が伸びている。中身が外に表れるんだと思います。それに見た目の良い人って一生懸命で負けず嫌い(笑)。「かっこ良くなりたい」と思って努力して、そうなっていくんですかね?(笑)。
― 読者の「見た目」が良くなるためにアドバイスをいただけますか?
悩みが尽きない人は、自分のことを考え過ぎなんだと思います。「自意識過剰」というか。自分の心の動きを知るのと利己的になるのは違う。自分のことだけに囚われていると気持ちが落ち込むじゃない?それよりも他人のこととか好きな音楽とかスポーツとか、犬とか花とか、自分以外のことを考えて、そこに自分の気持ちを感じるほうがいいです。夢中になってたらいつの間にか事態が転がって、時間が解決してくれます。goen°をやってく上でも不安はいっぱいあるけどgoen°のことだけ考えていても進まないんです。目の前の仕事に集中してるといつの間にか不安から抜けてる。足元ばっかり見てるとすぐ落ちるから、ずっと遠くをみつめながら波に乗る、サーフィンに似てるかも。

Chapter 8 - 愛すべき無駄をつくりたい。

― このさき千絵さんが歩んでいくうえで、目標というか、憧れている方はいますか?
クリスマスをつくった人!すごいな、と思う(笑)。これだけ「あたりまえ」のものにして。神話があって歌があって絵本があって、カップルも家族も大人もこどもも、食事に行ったりデパートに行ったり。儀式、商売、色。あれもデザインですからね。クリスマスは人が作った物語ですよ。それが年に1回必ず巡ってくる。世界中がそれぞれの様式で祝う祭典。親がこどもにサンタクロースの格好をして夜な夜なプレゼントを渡すんですよ?原点から遠く離れた日本でも。そこまで浸透する物語をつくりたいんです、私が死んで何千年たった後に流行っても構わないから。
花火を考えた人もそうです。音、光、匂い、余韻。思わずみんなが一斉に空を見上げるんですよ。とんでもないです。敵わない。
そういう素晴らしいものが世の中にはたくさんあって、あたりまえにあるけど誰かがつくっているでしょう?一見無駄に見えるけど、年齢、性別、人種、身分、全部を飛び越えてそれぞれがそれぞれの立場で参加できるデザインをつくるって本当にすごいと思うんです。わくわくする。
こういうことを口に出すと、たいてい「馬鹿か?」って言われちゃうんだけど(笑)。本気で思ってるんです。いいな、って。「無駄にみえるけどすごく普遍的で愛されるもの」をつくりたいです。そのぐらいのつもりで目の前のことに取り組みたいし、想いを届けつづけたいですね。

森本 千絵さんを推薦してくれた VISIONARY

  • name / 小島 淳平
  • birth / 1973年
  • career / THE DIRECTORS GUILD

アジア・パシフィック広告祭(アド・フェスト)にてブロンズを獲得するなど、幾つもの広告賞に名を連ねてきた映像監督、小島淳平。 「80歳になっても気になっているくらいCMが好きだと思う」という彼を動かし続けてきた、その原動力に迫る。

interview

design / Hiroyuki Sakata
creative direction / Noriyuki Nakajima
arrangement / osica MAGAZINE

【プロフィール】
name / 森本千絵
birth / 1976年
career / goen°
50th ACC CM FESTIVAL特別賞「ベストアートディレクション賞」、第4回伊丹十三賞など名だたる賞を多数獲得。
広告、音楽や映画のアートワーク、本の装丁、CI、空間デザイン、テレビ番組など、人との縁で発生するあらゆることを企画、デザインして制作を続ける日本のトップアートディレクター森本千絵。「世界中の誰もが巻き込まれるファンタジー、クリスマスみたいなことをつくりたい」という彼女が、その価値観、人生観を存分に語る。