ハリス鈴木絵美インタビュー

Chanege.いまがその時

#19   ハリス鈴木絵美 
Change.org日本代表

VISIONARY STORY
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Prologue -新しい世界を

「はだしのゲン」。戦時中から戦後の日本、広島を舞台に戦争の悲惨さと麦のように強く、たくましく生きることの尊さ、平和への祈りを描いた名作だが、文章や絵が過激だという理由から学校図書室などで閲覧制限をかける動きが起こった。「名作を誰でも自由に読めるように」との想いを掲げ、その動きに対して「反対」を唱える人々が活用し、一躍知られる存在となったのが「Change.org」(以下 Change)だ。インターネット上で市民が簡単に著名活動を立ち上げられる米国発のオンライン著名プラットフォームである。

キャンペーンを通して社会に一石を投じ、波紋を広げて社会を変えていく。私達には馴染みの少ない社会参加の方法を根づかせようと奮闘している女性の名はハリス鈴木絵美。Change.orgの日本代表だ。

日米のハーフとして高校までを東京で過ごし、その後、米国屈指の名門校イェール大学へ進学。卒後はマッキンゼーアンドカンパニーに勤務、2008年のオバマキャンペーンボランティア、映像ディレクターなど数社を経て、Change.orgの日本支社設立に参画した。

日々生きる中で世間に対して思うところは多くある。変えなきゃいけない、変えるべきだ、と思うことも。でも。ココロウチとは裏腹にメディアで報じられる「社会」と私達の日常はどこか途切れた景色にみえる。いつもの日々を営むみんなが、その感覚で思うこと。実はそこに本質的に見つめるべきテーマが潜んでいる。「普段」と「社会」を繋いで変える。彼女目に映る日本とは。

interview / Ryota Sugawara, Kazuhisa Fujita, Jun Uehara, Kazunori Ito
text / Natsumi Nakamura
photo / Noriyuki Nakajima

Chapter 1 - 「役に立つこと」を無意識に探していた盲目的な価値観。

ハリス鈴木絵美が語る「「役に立つこと」を無意識に探していた盲目的な価値観。」

―「はだしのゲン」キャンペーンの成功が記憶に新しいですが、日本ではキャンペーンがここまでの社会的影響を及ぼす例は珍しく、価値観としても新しいと思います。絵美さんは大学からアメリカで生活を始めましたがその頃から革新的な考えをお持ちだったのでしょうか?まずは渡米した動機を教えて下さい。

革新的だなんてとんでもない。率直に言うと「父がアメリカ人だったから」ですね(笑)。小さい頃から刷り込みみたいに「父の出身校、ハーバードに行くんだ」ってプレッシャーがあって。でもハーバードに落っこちちゃったからイェールにしたんです。東京で育ったから「広大なキャンパス」っていうのにも惹かれたし(笑)。「いい大学に入って良い企業に勤めて安定した生活を送る」当時はそういう価値観だったから政治にも関心が無かったし、リベラルな大学だから思想探求もできただろうに、就活のレジュメを築くために…というか「良い企業に就職する」という目標のために4年間を戦略的にどう使うか考えて行動していました。

中国留学もそのひとつです。何かプラクティカルに学ぼうと思った時に、トライリンガルになるだけじゃなくアメリカでの生活費が浮いて奨学金で賄えるメリットがあったから。でも徹底して中国語をやってみた結果わかったことは「そこまで好きじゃなかったのかな」ってことと「これをやりたい!」っていう動機が無かったという反省ですね。

勉強以外に演劇や映画のクリエイティブを資金面でサポートするプロデューサーもしてたんだけどそれはすっごく楽しくて。むしろ本当に好きなのはそっちだったみたい。でもそれすらもレジュメに「リーダーシップがある」って書く裏付けになるな、なんて思ったり。大学時代は自分がやるものに対して、経済面で自分にベネフィットがあるものを選択してたんじゃないかな。いま振り返るとなんて薄っぺらい人間だったんだろう!なんて思うんだけど(笑)。

Chapter 2 - アメリカでふれた「リスクを取る文化」。

ハリス鈴木絵美が語る「アメリカでふれた「リスクを取る文化」。」

―渡米してみてどのような部分にギャップを感じましたか?Facebookに代表されるイノベーションの分野はアメリカが頭ひとつ抜き出ている感がありますが、教育や文化の面からみたアメリカを教えて下さい。

ちょくちょく行っていたからカルチャーショックはなかったけど…ウォールマートの商品量には圧倒されたな。「消費大国、アメリカ!」って感じで。ご飯は質を量で賄うし、お風呂に浸かる文化もない。生活するとなると「この国と合うかなぁ」って(笑)。

教育面も一長一短で。アメリカの公立学校のあり方は、今すごく問題視されてる。卒業生の3、4割は大学に行けない、数学もできないし文章も読めないんです。その点、日本は多くの人にチャンスがある教育構造だと思うな。ただイノベーションの分野に関しては、リスクを取る文化が根付いてるぶん、確かにアメリカに分があるかも。

―リスクを取る文化、ですか?

そうそう!新しいものを生み出すって成功しないことが前提。100回に1回、1000回に1回の挑戦と偶然があって初めて成功する。それに、もし成功しなかったとしても人生が終わるわけじゃない!って文化は強く感じました。

例えば私がマッキンゼーを辞めるつもりのことを話した時も、アメリカ人の友達は「辞めなよ!新しいものを試しなよ!」ってスタンスだったけど、母や日本人の友達は「もう少し考えたほうがいんじゃないの?」っていうような。肌感覚としてそういうリスクを取る貪欲さの違いはあったな。それに国が広いから、失敗したとしても引っ越しちゃえばリセットできるんですよね。関西から関東に来たとしても、どこかで繋がりが残っちゃうし(笑)。日本は狭いから…逃れにくいのかな、って思いますね。

Chapter 3 - 「学ぶこと」「働くこと」人生はいつも繋がっている。

ハリス鈴木絵美が語る「「学ぶこと」「働くこと」人生はいつも繋がっている。」

―アメリカの大学では「リスクを取る文化」を育む土壌があるのでしょうか?特に教育面で、どんな要因がイノベーションを起こす人材を育てると思いますか?
確かに大学の環境はいろんなリスクを取る仕組みになっていると思います。ある程度の基準さえ保てば完全に自由。何でもやっていい。もちろん遊び呆ける人も居るけど…むしろその時間を自分に投資して好きな分野を学んだり試したり。Facebookは大学から生まれたけど、学生がビジネスを立ち上げることに違和感は無いんですよね。そういうのが「普通」。自分をディスカヴァーする4年間で、大人に知恵も借りられるけど、敢えて自分の友達とかネットワークを築いてやっていく、っていう感覚があります。
―日本も同じ4年間ですが、そこまで突き詰めていくよりも、より楽しい方にベクトルが向いている印象があります。
でもそれは、そこに辿り着くためにどれだけ自分を犠牲にしてきたか、っていう要素もあるからじゃないかな。それに、大人の働き方をみて「社会人になったら自分の人生は終わるんだ、だから今のうちに遊んでおかないと!」って気持ちになるとも聞きますから…大学生ばっかりを責めても可哀想かも。
―確かに学生生活の延長線上にキャリアがあるのではなく、就活によって一旦分断される感じはありますね。
就活の仕方も独特ですもんね。ひと並びでちょっと異様だなって思うところもあるんですけど…でも日本の企業って、まだ利益にならない新卒の学生を100人単位で採用してゼロから育て上げてく、それはすごい社会貢献だと思います。

Chapter 4 - 身をおく環境から、最大のベネフィットを。

ハリス鈴木絵美が語る「身をおく環境から、最大のベネフィットを。」

― 絵美さんは「良い企業に就職する」という目標のために4年間を使いました。なぜ数ある企業の中でマッキンゼーを選んだのでしょう?
イェールと同じ感じ。いくつかアプライしたコンサル系企業の中で受かったから、ですね(笑)。ただ姿勢として「どこで働いても必ず何か学ぶ」ってマインドは持っていました。私はDon’t look a gift horse in the mouth.(贈られた馬の口を見るな:馬は歯で年齢がわかることから転じて「物事の粗探しをするな」という意)な性格だから「受かった」というギフトをとやかく考えず、絶対に今後に活かすスキルを身に付ける。だから行こう、と思ったんです。
―マッキンゼーで勤めた2年はどうでしたか?相当にハードだと聞きますが…
何をもって「ハード」と言うかによるけど、私にはハードでしたね(笑)。クライアントは膨大な金額を支払うわけですから納得して頂ける成果を挙げなきゃいけない。そうすると必然的に労働時間は増えますよね。クライアントに対しての平等な発言権もtop of topの人じゃないと持つのは難しい。それに23歳の自分が5、60歳クラスのエグゼクティブと向き合うのは、勉強の場でもあったけど相当なプレッシャーを感じました。振り返ると、そういう環境で自分の軸がはっきりしていなかったから潰れちゃったのかなっていうのはありますね。
―先ほど「どこにいても何かを学ぶ」とおっしゃいましたが、絵美さんが得たものは何でしたか?
大きな問題を分析して、仕事にできるような単位に噛み砕くスキルと、強大なOBネットワークです。マッキンゼーを通ったがゆえに理解できる、共有されてる文化がものすごく強いので、辞めてもそういうコミュニティーが存在するんです。人との絆の大切さが上手く組織化されてる。これはビジネスにすごくいい影響を与えていると思います。

Chapter 5 - 世界が変わった瞬間は、自分が変わった瞬間だった。

ハリス鈴木絵美が語る「世界が変わった瞬間は、自分が変わった瞬間だった。」

―マッキンゼー退職後はN.Yに拠点を移しました。
N.Yは、一度は住んでみたかった憧れの街で、学生時代に一番楽しかったプロデューサーの仕事をしたくてN.Yにある小さなプロダクション会社で働きはじめたんですけど…徹底的に相性が合わなかった(笑)。すぐに見切りをつけて、「そんなところに居ないで一緒に世界を変えようよ!」なんていう友人に巻き込まれて、そこでオバマのキャンペーンにボランティア参加したんです。
―大統領選挙のキャンペーンはとてもエキサイティングな体験だったと思います。
私はボランティアを管理するオフィスに居たのですが、いろんなバックグラウンドを持つ人が集まってみんなオバマを応援して。N.Yでも失業率は低くない。仕事が無くて、でも人と居たくてオフィスに来る人、学校の先生やデザイナー。今まで関わったことが無かった人々と同じ目的を掲げて、初めて自分がどれだけ限られたコミュニティーに属していたかを知ったんです。アメリカという国の多様性に直に触れた感じがしました。
―最も楽しかったことは?
世界を変えたこと!自分の動きが本当に何かに繋がって、批判はあるけどきっとそれは世界にとっていいコトで。投票日はアメリカの歴史的な1日だったと思います。それに貢献できたのがすごく嬉しかった。こういう気持ちを少しでも自分の仕事で経験できたら、それこそが幸せだなって思いました。
―キャンペーン前後で価値観の変化はありましたか?
一番の変化は「本当に好きな仕事じゃないとやる意味は無いな」って感覚が染みついたことですね。本当に面白かったし、自分の力やスキルを「誰のために使うのか」が初めて少し見えた感じ。経済的な安定感を求める価値観が「自分の力を注いだらすごいインパクトがある、楽しくて世界のためになることがしたい!」って方向に一転して、そう思えない仕事ができなくなってしまった。「何をしたら今の自分が楽しくて家賃も払えて、そして社会に貢献できるか」。それを真剣に探すようになりました。

Chapter 6 - 個人と社会に壁はない。

ハリス鈴木絵美が語る「個人と社会に壁はない。」

―新しい価値観を持ってPURPOSEというキャンペーンコンサル会社を経験し、その後Change.orgの日本支社設立に参画しました。率直に日本で活動を始めた理由を教えて下さい。
いくつかあります。ひとつは10年目のアメリカ生活を迎えてアメリカ疲れがでてきたこと。ひとつは母と過ごす時間の限りに気づいて、近くで親孝行をしたいと思ったこと。そしてもうひとつはハーフとしてのアイデンティティが半減してしまうこと。アメリカに居る限り私はアメリカ人として見なされます。日本語を話す機会も日本を知る機会も乏しいのが悔しかったんです。ただ、日本に戻るのなら自分の条件とタイミングで戻りたかった。Changeのアジア展開を知って、日本みたいな難しい環境への参入に驚きました。と同時に「こんなチャレンジをやりたい人は他に居ない。私以外にきっと居ない」とも思いました。しっくりくる仕事が良いタイミングで来た時は、勢いに乗って行くべきだと思ってるから、直感的にこれだな、と思ってすぐにアプライしたんです。
―日本でChange.orgの展開が難しいと思ったのはなぜでしょう?
日本みたいに成熟した国は基本的に保守的です。「変わりたい」と思わないし「変えられる」とも思ってない。Changeは「何かを変えたい」と思う発起人をサポートする場です。そもそも変えたい何かがあって、発信したい発起人がChangeでキャンペーンを立ち上げる。でも今の日本は自分の意思を公にして社会を変えた成功事例が圧倒的に少ないんです。「自分の意見に価値はない」と思い込んでいる。専門家でもない自分が社会に対して意思表示なんてとんでもない!って。その結果、人の意見が反映されない社会ができちゃう。論旨を通すのは大切だけど、その前に普通の人が普通に感じていることを表明することが一番大事だと思います。
―誰でもない自分が社会を変えられる、ということをどうやって日本で伝えていこうと…?
自分の動きが社会に与えた影響を知れば社会の見方も変わります。そういう成功体験を着々と増やしていきたいです。自分が動いて何かが変わる。動いた人は、自分が起こしたアクションの影響を客観的に知ることができるんです。発起人としてキャンペーンを成功させる、賛同者として社会参加してニュースを変える。そういう経験をして、成功体験を感じる人をどんどん増やしていきたいですね。

Chapter 7 - noblesse oblige.自分の力はためて、使おう。

ハリス鈴木絵美が語る「noblesse oblige.自分の力はためて、使おう。」

―数が力になる民主主義ではChange.orgはものすごい可能性を秘めていると思います。絵美さんが今掲げる野望を教えて下さい。
Change.orgを意思表示の場としてつかってもらう。そこで総理大臣がChangeのキャンペーンに反応して、行動を起こして何か変わったら!その瞬間を夢見ています。最高にワクワクしますね。
―やりたいことをやる生活にシフトして、日々はどう変わりましたか?
プライベートや自分の身体を大切にする時間を持つようになりました。今の毎日も、疲れるときは疲れます(笑)。自分の限界を感じたり、次のステップを悩んだり、キャンペーンの反響がすくなかったり。いろいろありますけど、休暇はちゃんと取る。ちゃんと休んで、ちゃんと運動して。自分を大切にしようと思います。
―保守的な価値観だと言われている若い世代の中で、osicaMagazineの読者は「何かをしたい!」という衝動に駆られている方が多いです。そういった世代に向けてアドバイスを頂けますか?
全ての人がリーダーになる必要はない。でも、やっぱりどの国でもいろんなモノをかき混ぜる役割の人が一定数いる方が良いと思います。そういう人たちが極端に減ると国が進化しなくなっちゃうから。知力や能力、想い。noblesse oblige(ノブレス・オブリージュ:持てる者の義務)。自分の持つ力は使うべきだと思います。 自分のソーシャル・キャピタルを銀行口座みたいに考えて、ある時期は貯めてある時期は使う。リスクを取るべき瞬間にお金なりキャピタルなりを使えるように備えておく。そのバランスはひとりひとり違うと思うけど、でも一生貯金し続けるってつまらないじゃないですか。何のために貯めるのか、リスクを取る貯金なんだよ、って伝えたいな。

自分の動きが広げる波紋がどこまで届くかはわからない。でも。一石を投じることで確実に何かは変わる。それは世界かもしれないし、自分かもしれない。ひとりで尻込みする前に、回りを見渡してみよう。エネルギッシュでパワフル、高らかな笑い声とともに背中を押してくれる素敵なハーフがきっと微笑みかけてくれるだろう。 Chanege. いまがその時だ。

arrangement / osica MAGAZINE

【プロフィール】
name /ハリス鈴木絵美
birth / 1983年
career / Change.org日本代表
日米のハーフとして高校まで日本で過ごし、米国屈指のイェール大学へ進学。卒業後は、マッキンゼーアンドカンパニーやTV制作会社勤務を経て、オバマ大統領の選挙キャンペーンにボランティアスタッフとして参画。その後、ソーシャルインキュベーション企業Purposeの立ち上げを経て、2012年、現職であるChange.org日本代表に就任。
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